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タクシー初乗り、2香港ドル値上げ承認 業界の要望全てはかなわず

タクシー初乗り、2香港ドル値上げ承認 業界の要望全てはかなわず

値上げが決定した香港のタクシー

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 行政会議は2月7日、タクシー料金について、車体が赤の市区的士(Urban Taxi)、緑の新界的士(New Territories Taxi)、青の大嶼山的士(Lantau Taxi)を一律値上げする案を承認した。初乗りでは2香港ドル値上がりとなる。4月9日から適用される。ただし、市民負担も考慮してタクシー業界の要望を全ては認めなかった。

 値上げは2013年12月以来と約3年半ぶり。前回の料金値上げ後、原油安が続き、タクシードライバーの収入もわずかながら上昇していた。しかし、地下鉄の延伸や新路線が次々と開通し収入が低下。タクシー運転手の平均月収は1万6,000香港ドルから1万8,000香港ドルで、運送業界の平均である1万9,000香港ドルを下回った。低サラリーによって若いタクシードライバーがなかなか現れず、平均年齢は58歳と高齢化が進む。そうした背景からタクシー業界は値上げを要望してきた。

 具体的な料金は、最初の2キロは赤が22香港ドルから24香港ドルに、緑は18.5香港ドルから20.5香港ドルに、青は17香港ドルから19香港ドルとなる。短距離については200メートルごとに料金が加算されるが、こちらも一律10セントの値上げとなる。赤は2~9キロ=1.7香港ドル、緑は2~8キロ=1.5香港ドル、青が2~20キロ=1.5香港ドルに。長距離も全て200メートルを走るごとに20セントの値上げとなり、赤は9キロ以上=1.2香港ドル、青は8キロ以上=1.2香港ドル、青=20キロ以上で1.4香港ドルに。旅行かばんも全てのタクシーが1ドル値上げの6ドルとなる。停止時間中の値上げも要望されていたが、こちらは見送られた。料金目安として、赤のタクシーで香港国際空港に向かう場合、従来の金額が250香港ドルであれば約20香港ドルの値上げになると見積もられている。

 香港タクシーの歴史をひも解くと、1923年の初乗りが4セントだった。1960年代に入り香港島のタクシーが1.5ドルになったが、当時はまだ紅●(Hung Hom)と銅鑼湾(Causeway Bay)を結ぶ海底トンネルはまだ開通しておらず、1964年の時は8つのタクシー会社が営業していたという。車両はメルセデスベンツなど欧米車で、色はさまざまだった。日本メーカーは、日産のセドリックが1968年に走行を始めたのが最初だったが、まだ香港市民全体の足という状況ではなく、一般の香港人の公共交通機関といえば人力車が一番メジャーだった。タクシー利用はイギリス兵が飲んだ後、当時、イギリス軍の駐屯地の一つがあった赤柱(Stanley)まで走る光景が見られたという。そのためタクシーのライセンスを取得するには英語の試験があった。タクシードライバーの月収は月1,000香港ドル。警察官が500ドルであったことから2倍の稼ぎという魅力的な職業だった。

 1972年に紅●(Hung Hom)と銅鑼湾(Causeway Bay)を結ぶ海底トンネルが開通し、その後香港政庁はタクシーを現在の赤、緑、青に再編。1975年に初乗りが2香港ドルに値上げされたが、ちょうどこの時期のランチの平均も2ドルだったという記録がある。

 1979年になると2.5ドルに値上げし、翌1980年に4ドル、1984年には5ドルにまでなった。これからしばらくの間5ドル時代が続くが、13年後の1997年、それまで値上げしなかった反動を表すかのように一気に14.5ドルに値上がりする。続く1998年に15ドルになった。そこからまた10年間料金は据え置かれ、2008年2月に16ドル、同年12月に18ドルになった。2011年に20ドルとついに20ドルの壁を突破し、2013年の22ドルと値上げしてきた。

 現在は車両の9割を超えるシェアを握っているトヨタだが、香港市場に参入したのは日産より10年ほど遅い1979年。現行車種のコンフォートは1995年に投入された。1997年にはLPガスのタクシー導入が始まり、2001年からはディーゼル車による営業は禁止された。現在は、トヨタのプリウスのようなハイブリッド車、日産がNV200バネットのような大型タクシーを導入するなど、車種も常に変化している。

紅●=石へんに勘

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