
香港・中環(セントラル)の歴史的文化施設「大館 Tai Kwun」で現在、夏の特別展「Undercover Underworld(臥底世界)」が開催されている。
香港映画の中でも特に人気の高い「臥底(アンダーカバー)」ジャンルに焦点を当て、映画の名場面を再現した没入型インスタレーションと実際の臥底捜査官の証言を交えた展示を行っている。
「臥底」ジャンルは、警察や捜査機関の職員が犯罪組織や敵対勢力に身分を隠して潜入し、情報収集や摘発を行うという設定を中心に描かれる映画やドラマのジャンルを指す。香港映画において、主人公は警察官でありながら、犯罪者として振る舞うというシチュエーションがあり、正義と悪の間で揺れ動く心理を描写する葛藤や、長期間の潜入により自分が誰なのか分からなくなるストーリー、いつ身分がバレるか分からない状況での駆け引きや裏切りが物語を盛り上げる緊張感、法と無法、秩序と混沌が交錯する都市である香港の複雑さを象徴するような内容が多い。
最近は日本でも、香港映画が再評価されている。「インファナル・アフェア」「ハード・ボイルド」など、善悪の境界線を揺らす臥底捜査官の物語は、香港という都市の「グレーゾーン」を象徴するもの。今回の展示では、そうした映画の名場面を実際に体験できるセットも用意した。観客は「銃撃戦の真っ只中」「精神科医の診察室」などのシーンに足を踏み入れ、臥底の葛藤を肌で感じることができるようにした。
「友は風の彼方に」のラストシーンを作りこんだ区画では、単なる展示だけでなく、遠くから聞こえるパトカーのサイレン、壁を突き抜ける銃声と銃弾の跡、銃弾の穴から差し込む光、さらにはスモークまで用意し、来場者が映画のシーンに没入できるような工夫を凝らした。
「インファナル・アフェア」でトニー・レオンさん演じるヤンが自分が警察の潜入捜査官である証拠を残すために渡した携帯電話や、ヤンが警察本部で見つけ、アンディラウさん演じるラウの名前が記されていることから、彼がマフィアのスパイであると確信したシーンに登場する封筒など、ストーリー内で重要な意味をもつアイテムなども壁に貼られている。同展示では、警察本部で相関図を示す人物写真や大量に積まれた書類なども実際に触ることもでき、没入感にもこだわっている。
館内の一番大きな区画に展示された空間に浮き上がる2台の車は、「ホワイト・ストーム」のワンシーンを再現したもので、カーチェイスのシーンを表現するために壁から車が飛び出ているが、会場の大館は歴史建造物でもあることから館内では制作できず、一度別のスタジオでボコボコの車を作った後にパーツを外し、大館に持ち込んで組み立てられたものだという。
キュレーションは、映画監督サニー・チャン(Sunny Chan Wing San)さんと香港中文大学のクリストフ・ヴァン・デン・トルースト准教授が共同で担当した。「男たちの挽歌II」「龍虎風雲」「門徒」「ホワイト・ストーム」など1980年代から現代までの代表作を網羅し、臥底捜査官の心理的苦悩やアイデンティティーの揺らぎを描く。
展示会場となる大館の「Block 01」は、かつて香港警察の情報部や麻薬取締局が実際に使っていた建物。映画の舞台が現実の舞台という工夫も凝らした。臥底映画の世界に没入できる環境を選んだという。実際の臥底捜査官や心理学者へのインタビュー動画も上映し、フィクションと現実の境界線を浮き彫りにする。映画の中の「英雄」が、現実ではどのような代償を払っていたのかなども展示の核心部分に据えた。
このほか、実際の映画の台本やストーリーボードを描いた絵、映画のプログラムの表紙、実際の表彰のトロフィーなども飾っている。会場の外には、同展示会限定のTシャツやキャップ、ステッカーなども用意した。
大館連動企画として、チケットを持参すると、大館内のバー「001」で臥底映画をテーマにした限定カクテルメニューをオーダーできる。限定カクテルメニューは、「ハード・ボイルド」からテキーラをベースに、茶室のシーンをイメージしてジャスミンティーを使った「Mr.Tequila(ミスターテキーラ)」、「龍虎風雲」の宝石店での強盗事件のワンシーンをイメージした「Stolen Emerald(ストーレン エメラルド)」など8種類を用意。価格は各138香港ドル、3種類を少量ずつ用意するミニセットは158香港ドルで提供する。
入場料は、大人=25香港ドル、学生・高齢者・障害者=15香港ドル。10月5日まで。