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訪日旅行最大手「EGL Tours」創業者・袁文英さん亡くなる

日本の観光に最後まで愛を注いだ袁さん

日本の観光に最後まで愛を注いだ袁さん

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 香港で訪日最大手の旅行会社「EGL Tours(東瀛遊)」の創業者で、EGL Holdings Company Limitedの主席を務めていた袁文英(Yuen Man Ying)さんが8月31日、香港の養和病院で亡くなった。73歳だった。同社は9月1日付けで香港証券取引所に公告を提出し、訃報を正式に発表した。

EGL社のホテル「沖縄逸の彩(ひので)ホテル那覇」の開業パーティーの時の袁さん

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 袁さんは毎年世話になった人へのクリスマスカードを欠かさなかった。その数は毎年のように増え、現在は数千通にも及ぶ。出張などでも隙間時間があれば、飛行機の中でもカフェの中でも直筆で手紙を書き続けていた。亡くなる前も病床でカードを書き続けていたという。日本への移動の際には、気が付けば同行者全員分のペットボトルの水を用意していたり、コーヒーを運んで来たり、上場企業の社長とは思えない気さくでおちゃめな姿がいつもあった。「袁社長」と呼ぶと「罰金」と言われ、「Ensan」と呼ぶことを社内にも社外にも強く求めた。

 袁さんは1987 年 7 月、EGLを、わずか4人で創業。2007年には觀塘(Kwun Tong)に自社ビル「EGL TOWER」を建てるまでに成長し、2014年に香港証券取引所に上場した。阪神淡路大震災や東日本大震災の際には、赤字覚悟で送客を再開し、被災地支援にも尽力。各地が水害や地震に見舞われる度に、各地にいち早く直接現金をもって届ける行動力で、香港らしいスピード感をもって対応してきた。

 2016年には日本政府より外務大臣表彰を受け、2018 年、旭日(きょくじつ)双光章を受章。香港と日本の友好親善に貢献した人物として広く知られている。袁さんは多くの自治体や観光業界関係者から信頼を集め、40以上の日本の自治体で観光大使を務めた。香港人の訪日需要をけん引した功績は計り知れない。

 袁さんが自治体や企業から呼ばれて講演する題目の多くには、「真心を込めたおもてなし」があった。これには、袁さんが日本でガイドをしていた時、日本の「おもてなし文化」に深く感銘を受け、それを香港の旅行事業に取り入れてきたことが背景にある。空港での出迎えや見送り、手書きのメッセージカード、旅程中の細やかな気配りなど、人の心に残るサービスがリピーター獲得につながることを強調していた。自治体や将来を担う学生を抱える日本の大学から講演の声がかかれば、喜んで日本に出かけた。

 震災やコロナ禍など、観光業にとっての「危機」の中でも、EGLはいち早く送客を再開したことでも知られる。特に2011年の震災後には、沖縄からのツアーを再開し、「旅行中に震度6以上の地震が起きたら全額返金」という独自の保証制度も導入。安心と信頼を提供する姿勢が、香港の消費者から高く評価された。自然災害時の対応として、空港閉鎖や地震の際に代替ルートを即座に提案した経験もある。「慎重な議論も必要だが、スピードと柔軟性が顧客満足につながる」と、いつも行動で見せてきた。

 EGL社では現在、近年の個人旅行(FIT)の増加に伴い、旅行会社の役割が変化していることにも敏感に対応。新しい土地や体験を提案することが求められており、「大自然」「ウエディングツアー」など、地域資源を生かした企画に力を入れたり、地元の郷土料理を巡る高価格帯の「グルメツアー」を開発したりするほか、日本でも大阪や沖縄でホテル事業を展開するなど、時代に応じた経営をかじ取りしてきた。

 香港の訪日旅行市場は現在、必ずしも明るい状況だとは言い切れない。今年7月の地震のうわさにより特に香港市場は多くの影響を受け、回復の見込みがない直行便路線もある。同社の最近のヒット商品でいえば、中国本土へのクルーズ商品だが、「世話になっている日本への送客を続けるためにも、この中国本土のクルーズを成功させ安定材料を作っていかなければいけない」と生前、話していた。

 宴席が多い中でも、「ラーメンとギョーザにビール、これがあれば幸せ」と庶民の味もこよなく愛した。視察などで日本を訪れる際には、訪問先や宿の人が見えなくなるまで、車が角を曲がる最後まで手を振り続けた。「日本人が忘れてしまったような古き良き日本の姿を体現している人」でもあった。立場によって対応を変えることなく、目を見て話しを聞き、必ず個人の名前を呼ぶ。誰よりも深々と頭を下げ、隅々にまで気を配りながら時に冗談を言って場を和ませる。いつでもサプライズを大切にし、日本の自治体や観光地に対しても愛情をもって時に厳しい言葉も放つこともあった。

 「お客さまに喜んでもらうことが、私たちの存在意義。利益よりも信頼、効率よりも誠意。旅行業は『人の心を運ぶ仕事』」と話し、袁さんは自身を「サーバント」と位置付ける。まず相手に仕えることで、結果的に組織や社会を導いてきた。袁さんの経営哲学は、トップダウンではなく、現場と顧客の声を起点にしたボトムアップ型のリーダーシップであり、「サーバントであれ」というメッセージを実践してきたといえる。

 同社は今年は39周年を迎えた。ショッピングモールで大型イベントも開催し、30周年、33周年と同様に、周年イベントとして今年2月には、2000人以上が参加する盛大なパーティーも開催。「39(サンキュー)の次は41(よい!)にするぞ」と常にユーモアで人を魅了してきた。

 EGL Holdingsは公告の中で、袁さんの遺志を継ぎ、事業の継続と発展に努める姿勢を示している。「私は力を尽くし、このレースを完走した」と袁さんは言葉を残し、日本に、EGLツアーズに人生をささげた旅だった。

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