現在開幕中のサッカー香港プレミアリーグ、HKFC対グローリースカイ戦が3月17日、香港スタジアムで行われた。香港プロリーグのトップであるプレミアリーグの香港フットボールクラブ(HKFC)ではフォワードの中村俊輔選手が活躍している。
香港のプロサッカーリーグは1968年創設とアジア最古のサッカーリーグで、岡野雅行選手らが過去にプレーしていたことがある。東方足球隊(Eastern SC)を率いる陳婉●(Chan Yuen-ting)監督はアジアチャンピオンズリーグ(ACL)初の女性監督として指揮を執ったことでも話題になった。
横浜マリノス、セルティックで活躍し、今年ジュビロ磐田に移籍した中村俊輔選手と同姓同名の香港の中村俊輔選手。小学校から高校まで地元大阪にある交野FCでサッカーをしていた。大学に進学し、さらに大学院を経て会計士に。「大学時代はプレーをしていなかったが、大阪の社会人リーグに所属してプレーを再開した」と中村選手は振り返る。
その後、LINEを展開する「Naver」の大連にある子会社に就職し、2011年に香港の船井電機で現地採用として働いた。2013年からはスイス系の投資会社「Silverhorn Investment Advisors」で香港の裕福層を対象に資産運用を行う会社の財務担当のディレクターを務めている。
香港では過去に日本人サッカーチーム「J.Leaguers」に所属。香港のアマチュアリーグトップの「Yau Yee Football League」で戦う「Swiss XI」にも加入した。「ずっとボランチでプレーしていたが、スイスのチームは190センチ台の選手がいたのでフォワードになった」と話す。サッカーの世界では年齢を重ねるとフォワードからディフェンスに変更する事例は多いが、彼の場合はその逆で非常に珍しいタイプ。守備的な選手が攻撃に回ると点を大変だが、彼は実際に点取り屋として機能した。「相手の動きを予測することが得意だった。ディフェンダーの裏への動きなどを勘案してどうすればいいのか考えてプレーできたのが得点を取ることができた理由だと思う」と分析する。サッカー界では日本人の特徴としてよくいわれる「アジリティ」(敏しょう性)をしっかりと生かしたプレーもしていた。
「Yau Yee League」での活躍が認められ、香港で毎年5月に開催される7人制のサッカー大会で選抜に選ばれ、そのプレーがHKFCの関係者の目に留まった。「数年前から打診はあったが、2016-17年シーズンHKFCがプレミアリーグに昇格するなど、いろいろタイミングがあって契約に至った」と話す。
長らくイギリスの統治下だったこともあり人気のあるサッカーだが、イングランドのプレミアリーグの話題が圧倒的だ。香港のプレミアリーグは香港という人口700万人のリーグのためコアなファンはいるが規模としては小さい。それは香港サッカーチームの経営は総じて厳しいということと直結する。香港でプロサッカー選手として食べていくのはかなり大変だ。「プロ契約したが、私の契約では生活はできない収入。所属チームの同僚も働きながらプレーをしている人がほとんど」と実情を語る。
チーム練習は火曜と木曜の週2回で、それぞれ90分。「練習時間があまりないので戦術の理解度を深めるのが難しい。私の意図をくんで、それが実際に実行できるチームメイトとよく話をしてコミュニケーションをとるようにしている」と中村選手。ほかは個人練習となるが、サラリーマンと並行しているためより体調管理に気遣う。「今年34歳になるので、体力の維持のため走り込みをし、フォワードのため、筋力をつけすぎないよう、アドバイスを受けながらトレーニングをしている」とも。スポーツへの理解が高く、テニスをする妻が食事のサポートをしているという。
過去2試合は連続でスタメン出場していたが、相手選手の振り下ろしたスパイクシューズの裏が中村選手の右耳の裏を直撃。そのまま病院に運ばれ12針という大けがを負った。それでも17日の試合ではベンチ入りメンバーに選ばれた。出場にはならなかったが、ヘッドバンドを着けて意欲的に練習をこなす姿はプロ選手としての気概を感じさせる。
3月17日現在、HKFCの順位は11チーム中最下位。プレミア残留には9位以上で、勝ち点差はわずか3。残り3試合は上位チームとの対戦が続き厳しい戦いが続くが、勝ち続ければ残留の目はまだまだある。「私たちのチームは諦めず、残り3試合を全力で戦う。プレミアではまだ得点を取っていないので、ぜひ取りたい」と中村選手はゴール目指し、HKFCの勝利とプレミア残留に意気込みを見せる。
陳婉●=女へんに亭