無料地上波放送の「亜洲電視(ATV)」は3月4日、資金面の問題から放送終了予定だった4月1日を待たず放送を終了する可能性が高まったが、停波直前の3月3日夜に運営資金を確保したと発表し放送を続けていた。4月1日に放送免許が終了するATVは資金不足に悩まされたという歴史だった。
ATVは有料テレビの麗的映聲として1957年に開局した香港最初のテレビ局で、有料テレビとして開局した。視聴料月額25香港ドル、テレビをレンタルする場合は月額45香港ドル。年1回36香港ドルのテレビ視聴料を徴収されたが、当時の香港人の平均月収は100ドルだったことから視聴できるのは裕福層のみに限られた。
1社独占の状況が崩れたのが、10年後の1967年に最初の地上波無料放送として開局した無線電視(TVB)だ。無料であることから当然、一般の香港市民はTVBを視聴するようになった。麗的映聲は1973年に麗的電視(RTV)と名前を変えて無料化したが、TVBは先手を打つかのように1972年に全面カラー化を実現し、香港テレビ界では圧倒的な地位を築いた。1975年には佳藝電視が開局したが視聴率が稼げず、広告収入で苦戦してわずか3年少しで停波に追い込まれた。
麗的映聲は1981年にオーストラリア資本が経営権を握ったが、1982年にコングロマリット「遠東発展(Far East Consortium International)」が大手株主となり現在のATVに名前を変える。1988年になると巨大デベロッパーの麗新集団(Lai Sun Group)と新世界集団(New World Development)らがATV株の3分の2を手に入れ、潤沢な資金を得て力を発揮した。特にドラマ製作では目を見張るものがあり、番組によってはTVBに十分対抗していたという。張国栄(レスリー・チャン)さん、黄秋生(アンソニー・ウォン)さん、張家輝(ニック・チョン)さん、陳啓泰(ケネス・チャン)さん、杜●澤(チャップマン・トウ)さん、關之琳(ロザムンド・クワン)さん、田蕊●(クリスタル・ティン)さんなど、現在の映画界を中心に活躍している芸能人を多数輩出している。香港版の「クイズ$ミリオネア(漢字名は「百萬富翁」)はATVが放映権を獲得。この番組は視聴率が30%を超えるなど人気を呼んだ。
しかし1993年10月には有料放送の有線寬頻(i Cable Communications)が開局。多チャンネルで、有線を生かしてインターネットと抱き合わせで販売したため、安定した収益源があり、さらに広告獲得のライバルとなったため大きな逆風となった。その後も大手通信会社PCCW傘下のnow TVなどのテレビ局も開局し、ATVはさらに追い込まれた。
実際に経営がおかしくなり始めたのは、1998年ごろから。中国や台湾資本が入れ替わり立ち代わり入ってきた。麗新集団時代までは政治的には中立または反権力的なスタンスだったが、「赤い資本」が入ってきたことで番組内容に変化が生じ、香港人の心が、より離れてしまったという見方もできる。
2009年1月に大株主となったのは台湾人の蔡衍明さんで、米菓子中心とした総合食品メーカー旺旺集団のトップであり、その商品は香港でも広く流通しているものだが、2009年には台湾有数のメディアグループ中国時報集団を旺旺集団と合併させる形で傘下に収めた。
しかし蔡さんの関与は長くは続かず、翌2010年になると王征という中国で不動産業を営む人物が参入した。
3月3日から4日にかけての停波騒動は、20億ドル香港ドルの負債を抱え、1月と2月の給与の支払いも滞っていた。ATV投資家である中国文化傳媒集団(中国政府の国有企業)と監査法人のデロイトとの間で交渉が決裂し、デロイトは3月4日付で必要な人員を除く約160人を解雇すると発表していた。ATVのニュース番組でも放送停止のニュースを流したほどだったが、3日夜に500万香港ドルの小切手と500万ドルの1,000ドル紙幣が詰め込まれたアタッシェケースを披露し、資金のメドが立ったことから職員を再雇用する形で4月1日まで放送を継続すると発表した。
今後、最終的には無料地上波は3局6チャンネル体制になり、now TVや有線寬頻といった有料放送のテレビ局もある。しかも有料放送はインターネット・プロバイダーとして大きなシェアを占めており中産階級以上の香港市民の多くが加入。つまり、チャンネルの選択権は無数にある。視聴者としてチャンネルの選択肢が増えることが歓迎される一方、最大の収益源である広告争いは今後もパイの奪い合いが続くと予想される。
●澤=さんずいに文。蕊●=女へんに尼。