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香港で歴史的鉄道車両が鉄道博物館に 放置に近い状態から1年の修復作業を経て

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 九龍と広州を結ぶ鉄道会社「九広鉄路(Kowloon Canton Railway / KCR)」時代に使われ、1980年に退役した客車「313號火車●(No. 313)」が修復を終え、11月2日から大埔(Tai Po)にある「香港鐵路博物館(Hong Kong Railway Museum)」で展示されている。香港の鉄道は香港鉄路(MTR)が担っているが、九龍と広州を結ぶ鉄道会社「九広鉄路(Kowloon Canton Railway / KCR)」と2007年12月に合併することで誕生したが、香港の歴史好きや鉄道マニアの間では特に話題になっている。

 313號火車●は1921年に投入され、KCRが全面電化された1980年まで走り続けた。40代後半から上の世代であれば特に懐かしさを感じる車両。全長20メートル、高さ5メートル、重さは32トンと、2階建てバスほぼ2台分の長さを誇る。蒸気機関車、ディーゼル車にけん引されながら、羅胡(Lo Wu)と当時はザ・ペニンシュラの正面、現在の文化中心(Cultural Centre)にあった九龍(Kowloon)の駅の間をメインに走った。3等車として使われ、座席は木製で可動式の背もたれと、見た目はほぼスターフェリーの座席と同じで、進行方向に合わせて背もたれを動かす。

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 退役後、一部の車両が、当時の香港政庁の市政局(Urban Council)に寄贈され、香港科学館(Hong Kong Science Museum)と香港歴史博物館(Hong Kong Museum of History)で展示された後、九龍東部にある茶果嶺路(Cha Kwo Ling Road)の路肩に放置に近い形で10年以上保管されていた。長年屋外に置かれていたことで腐食がひどく、修復作業が1年かけて行われた。車両が長いことから、普通の車両基地では対応できず長沙湾(Cheung Sha Wan)にある船のドックで行われた。

 ドックから博物館までの輸送は安全面を考慮してトンネルを走ることを断念。長沙湾を出発し青葵公路(Tsing Kwai Highway)、屯門公路(Tuen Mun Road)、新田公路(San Tin Highway)などを通り、上水(Sheung Shui)、粉嶺(Fanling)を経由して全長60キロにも及ぶ大型車両の輸送を実施。

 KCRの歴史の一部をひも解くと、羅胡―九龍(全長35.4キロ)は1905年に測量を始め1906年に着工。翌1907年に中国側(143.2キロ)の工事も始まった。香港側は1910年10月1日に完工している。

 開通当初は大埔駅と大埔墟駅(Tai Po Market)の2つがあり、突貫工事で進めたため大埔や九龍などはいくつかの駅舎は完成せず臨時駅という扱いだった。前者の大埔駅は現在の大埔鉄路碼頭(Tai Po Railway Pier)に位置し、1966年には大埔●(Tai Po Kau)駅と駅名を変更した。しかし、1983年5月2日に年に同駅は廃止された。一方、大埔墟駅は1983年4月7日に現在の場所に移動し、残った駅が今の香港鐵路博物館として使われている。

 火車●=上下●=さんずいに空に口。