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新世界発展が「皇都戲院」に新しい息吹を約束 映画文化に根付いたランドマーク目指す

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 新世界発展(ニューワールド・デベロップメント)は10月8日、懸案となっていた北角駅と炮台山駅の中間にあり、第一級の歴史的建造物として認定されている「皇都戲院(State Theatre)」について、象徴的な放物線状の外骨格トラスを保存しながら建築物を再生する「建築物保存プロジェクト」を進めると発表した。68年の歴史の意義を残すプロジェクトが始まることになる。

歴史的意義を残した建物にするため、豊富な経験を持つ国内外のコンサルタントでチームを結成

 当初は皇都戲院を取り壊して高さ15メートルの新しいスペースを造り、モール機能などを持たせ、その両脇の上部に21フロア分、高さにして105.3メートルのビル2棟を建設するプランも提案していたが、保存を訴えている団体の一つ「活現香港(Walk In Hong Kong)」が市民を巻き込んだイベントなどを実施したり、皇都戲院の歴史的重要性や再利用の提案などを行ったりして保存に向けた世論形成をしていたことも功を奏した。

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 建築家の劉新科(Liu Sun-fo)とジョージ・W・グレイ(George. W. Grey)が共同で設計したこの映画館は1952年、「●宮戲院(Empire Theatre)」として開館し、1959年に「皇都戲院」に改称。香港大会堂ができる10年前に既に開業し、大規模な文化イベント会場が不足していた時代に、芸術や文化を一般の人々に提供する上で重要な役割を果たした。香港で初めて、イギリスのテノール歌手ピーター・ピアースさんやバイオリニストのアイザック・スターンさんらによる世界的な演劇や音楽のライブパフォーマンスや国際的な映画上映会を開催した歴史もある。

 故ロシア系ユダヤ人の実業家であり興行主であったハリー・オスカー・オデル(Harry Oscar Odell)が主導した1300席程度を備えた劇場は56フィートのシネマスクリーンを備え、アジアの映画首都であった1970~1980年代には年間300本以上の映画を製作し、香港のエンターテインメント産業の発展に重要な役割を果たしてきた。

 同シアターを残す声が大きかった一番の特徴では、その建築様式であり、構造全体を支える屋根の放物線状の外骨格トラスがよく知られている。この鉄筋コンクリートのアーチ・ビーム屋根と、講堂を覆うコンクリートパネルの屋根をつるす垂直格納庫は、香港の街並みの中でも特にユニークなもの。この象徴的なカーブを描く屋根は、自然増幅器と遮音器の役割も果たし、外部からの音や振動を大講堂から遮断する優れた音響効果を生み出してきた。

 ほかにも、中国の後期現代芸術家メイ・ユティアン(梅雨天)が描いたレリーフ壁画や1950年代のモダニズム建築の典型的なコンクリートフレームの突出した四角い小さな窓が特徴的。

 1995年の火災を免れたステート・シアターは現在、一部が廃虚化していている。エイドリアン・チェンさんは老朽化した文化的象徴を保存し、香港で最後に生き残った映画館の真髄を保存するため、遺産保護の豊富な経験を持つ国内外のコンサルタントから成るチームを結成した。チームを率いるのは、英国のWilkinsonEyreとPurcellで、それぞれGasholders Londonの再開発計画と香港の旧中央警察署複合施設であるTai Kwunの修復を担当したほか、香港を拠点とするAGCデザインは、香港の築89年の家屋であるLui Seng Chunの中医学センターとしての再生に参加するなど実績がある。

 パーセル社の文化遺産担当ディレクターであるブライアン・アンダーソンさんは「香港のノースポイントにあるステート・シアターは、パフォーマンス・アートが一般の人々の文化を豊かにするために世界的な広がりを見せていた戦後初期の貴重な財産。ここが再び視覚的・文化的な中心地となることを願う」と話す。

 エイドリアン・チェンさんは「昨年のアート&デザイン地区ビクトリア・ドックサイドの立ち上げに続き、アジアにとって歴史的にも建築的にも重要な別の変革プロジェクトに着手できることをうれしく思う」と話し、「ステート・シアターは香港最後の文化的アイコンの一つであり、当社の国際的なチームと協力して、この象徴的な建物の保存と復元に全力を尽くし、地域社会に役立つ文化的なオアシスを構築していく」と意気込む。

 建築の長所、職人技、映画文化を取り戻すことに焦点を当て、保存プロジェクトでは屋根構造の再生が含まれ、映画館の機能も復元され、ステート・シアターは再び繁栄する文化イベント会場に生まれ変わる予定で、今後詳細な計画を作成していくという。

 ●宮=●は王へんに施