2014年の雨傘革命、2019年の逃亡犯条例改正案を通じ、民主派の新聞として知られるようになった「蘋果日報(Apple Daily)」が6月24日付けを最後に、発行を停止した。事実上の廃刊となる。ネット版も23日23時59分、更新を停止した。最終版は100万部を発行したが、コンビニエンスストアでは7時前にはほぼ完売し、新聞スタンドには最後の紙面を買い求める人が各地で行列を作った。
最後のタイトルは「港人雨中痛別(香港人、雨の中のつらい別れ)」だった。停止となった原因は、創業者である黎智英(Jimmy Lai)氏が違法なデモを扇動し外国勢力と結託したなどとして、国家安全維持法違反容疑で合計懲役1年8カ月の実刑判決を受けたことが始まり(既に服役中)。続いて6月17日に香港警察は同紙を運営している壹傳媒(Next Digital)の張剣虹最高経営責任者(CEO)や羅偉光(Ryan Law)編集長ら5人を香港国家安全維持法違反の容疑で逮捕した。併せて、印刷会社など関連する3社の資産1,800万香港ドルを凍結。アップル側は凍結解除を求めたもののめどが立たず、運転資金が底を突き廃刊に追い込まれた。
アップルデイリーは、香港の新聞界に革命を起こしたものの、26年の歴史の中でどうやって経営を安定させるのかに腐心してきたメディアだったともいえる。それは、凍結された資産が1,800万香港ドルと、それほど大きな金額ではないことからも分かる。自転車操業とまではいかないが、入金されお金はすぐ出て行った可能性も低くない。収益を見ると、最盛期の2007年には37億8,400億香港ドル、利益が5億2,100万香港ドルを計上したが、それ以降は右肩下がりで、2020年3月期まで5期続けて最終赤字となり、台湾版もこの5月に紙面の発行を停止する事態になっていた。
具体的には、通常のメディアの大きな収益源である広告においては、日系や欧米系企業の広告はあったものの、創刊の歴史的背景から香港の大手企業、特に香港経済を支配しているデベロッパーからの広告が見込めなかった点だ。香港経済はデベロッパーが支配しているが、それは不動産開発だけではなく小売りや通信などコングロマリット化しており、香港経済のあらゆる面に浸透。そのデベロッパーは中国本土とのビジネスも多数抱えており、中国との関係を考えるとアップルデイリーに広告を出稿することは考えられなかった。
フリーペーパーの発達も見逃せない。1995年にストックホルムで創刊されたフリーペーパー「Metro」。日本人にはなじみが薄いが、韓国、イタリア、デンマーク、オランダ、カナダ、アメリカ、ブラジルなど世界中で発行されてきた。香港でも「Metro(都市日報)」として2002年4月に発行されると、あっという間に大成功を収めた。すると有料の新聞を発行してきたアップルデイリーのライバル紙「星島日報(Sing Tao Daily)」は「頭條日報(Headline Daily)」、「香港経済日報(Hong Kong Economic Times)」は「晴報(Sky Post)」を刊行したほか、大手不動産会社、中原地産(Centaline)が「am730」を出すなど群雄割拠の時代に。アップルデイリーも「爽報(Sharp Daily)」を2011年9月に出し、収益の拡大を狙ったが、そもそも広告に依存するフリーペーパーにおいても広告をもらえず、赤字続きで2013年10月、わずか2年で発行を停止した。
活字離れの上にインターネットの発達はさらなる「紙離れ」を引き起こし、発行部数は減少し続けた。2010年ごろは1日平均30万部を発行していたが、2019-2020年度は1日平均88,685部と10万部を割り込んでいた。広告の少なさを発行部数に依存してきただけに、この影響は大きかった。
壹傳媒は食と旅行をメインに扱う雑誌「飲食男女(Eat And Travel)」を発行し、アップルデイリー以上に香港人に親しまれていたが生き残るのは難しく、2017年8月でウェブ媒体に切り替わっていた。実際、デジタル化にはいち早く取り組んでいた。デモや記者会見の現場などでは、画質が悪かったり、ネット回線が不安定だったりしても、スマホを使って現場からネット中継したり、電子版も記事の概要を動画にして本文の前に入れたりするなどして取り組んだ。漢字の社名は「壹傳媒」をずっと使っているが、英語の社名については創業当時は「Next Media」だったが、ついには2015年に「Next Digital」に変更していることからも分かる。しかし、有料会員を増やすことができなかった。
香港政府側の次の狙いはネットメディアだ。紙媒体はアップルデイリーだけだったが、ネット上では「立場新聞」など民主寄りのサイトがいくつかある。そうしたサイトの動向も注目される。