1916年創業の涼茶と漢方薬の老舗「春回堂藥行」(中環・閣麟街)が、昨年12月29日に閉店した。三代にわたり続いた同店は、かつて「木頭車」と呼ばれる木製の屋台で、薬草を煮出した「涼茶」を売り歩いたことを起源とし、後に店舗を構えて涼茶を中心に中薬材も扱うようになった。中環という立地柄、店頭で紙コップの涼茶を一気に飲み干して立ち去るビジネスマンの姿は、街の風景として多くの人の記憶に残っている。
同店が入居していたビルは元々自社所有だったが、売却されたと情報が出た後は閉店の噂が絶えなかった。正式な告知は閉店前日に店頭へ掲示され、中環のシンボル的存在は静かに110年の歴史に幕を下ろした。同店が長年使用してきた閣麟街8号の全棟物件は、約9,500万香港ドルで売却されたとみられる。1962年の購入価格は約21万香港ドルとされ、売却益は約9,479万香港ドル、購入時の約451倍に相当する計算だ。
香港では「有病醫病,●病強身(病気の時は治し、健康な時は体を強くする)」という考え方が受け継がれ、老若男女を問わず涼茶を飲む習慣がある。1950~60年代にはテレビの普及とともに涼茶舗が大衆的な娯楽の場として賑わった時期もあった。しかし西洋医学の普及や後継者不足などを背景に業界は徐々に衰退し、閉店が相次いでいる。現在、創業100年以上の涼茶店は1904年創業の恭和堂ぐらいしか残っていない。
春回堂藥行では、創業当初は「廿四味」と「五花茶」のみを販売していたが、時代に合わせて「感冒茶」「花旗蔘茶」「龜苓膏」なども提供するようになった。「廿四味」は24種類の漢方薬を煎じた苦味の強い茶で、食後や体調を崩しやすい時に飲まれることが多い。店頭には蛇口付きの大きなタンクが置かれ、涼茶は1杯12香港ドル、感冒茶は22香港ドルで販売され、持ち帰り用にはS・M・Lの3サイズが用意されていた。
甘味のある「甜花茶(五花茶)」は五種類の花草を煎じたもので、熱を冷まし湿気を取り除くとされ、特に夏場に人気が高い。また同店の特徴でもあった「花旗蔘茶(アメリカニンジン茶)」は、喫煙や飲酒の習慣がある人に好まれ、観光客には龜苓膏(亀ゼリー)も人気だった。
看板商品の「廿四味」は、伝統的なレシピを守り、温かい茶のみを提供していた。「いくつかの薬材は温かい状態でこそ薬効を発揮する」と考えられており、冷たい廿四味は提供しないというこだわりを貫いた。
店舗は道路に面した地上階で涼茶と中薬材の販売に加え、中医師による診察も行っていた。上階は涼茶や龜苓膏の製造スペースや中薬材の倉庫として使用され、さらに上層階には調剤室が設けられていた。中国語と英語を話す中医師が常駐し、観光客にも対応。中薬材には安価な代替品を使わず、伝統の薬材舗にしかない「百子櫃(薬箪笥)」など600種類以上の薬材が揃い、処方箋を持って調剤を依頼する人も多かった。
閉店告知の紙には「天下無不散之筵席(この世に終わりなき宴はない)」と記されていた。長年中環で愛されてきた店への感謝と、別れの思いを込めた言葉とともに、春回堂藥行は静かにその歴史を閉じた。
●=有の月を冂。