中国の電子商取引(EC)最大手のアリババ集団は12月11日、香港最大の英字紙「South China Morning Post(南華早報=SCMP)」と親会社のSCMPグループが持つ雑誌などの関連メディア媒体を買収すると発表した。買収額は明らかになっていない。
SCMPはもともと、イギリス統治下の英語の需要が高かった1903年11月6日に創刊した。当時の中国は清朝だったこともあり「South Qing Morning Post(南清早報)」という名前で発行。紙1枚で販売価格は1セント。毎日600部を販売していた。孫文が1912年に中華民国を建国したため1913年に現在の名前に変更した。
1986年にメディア王ルパート・マードック氏が会長を務めるニューズ・コーポレーションは香港上海銀行(HSBC)と和記黄埔(Hutchison Whampoa)が所有していた株式34.9%を取得し傘下に収めた。1993年からはマレーシア華僑の郭鶴年(Robert Kuok)が率いる嘉里集団(Kerry Group)傘下の嘉里傳媒(Kerry Media)が34.9%を取得して経営権を握っていた。郭氏はマレーシアのみならず、香港においても香港大手デベロッパーの嘉里建設(Kerry Properties)や最高級ホテル、シャングリ・ラの経営していることでも知られているアジア有数の大富豪だ。経済誌「フォーブス」の2015年長者番付では113億米ドルで110位。アリババの創業者、馬雲(Jack Ma)エグゼクティブ・チェアマンは227億米ドルで33位となっている。
今回買収する阿里巴巴集団(Alibaba Group)は1999年に英語教師だった馬雲エグゼクティブ・チェアマンを中心に18人が立ち上げた電子商取引サイト。最初はB to Bが中心だったが、個人を対象にしたインターネットのショッピングサイト淘宝網(Taobao)を2003年に設立。アリババは順調に成長を続け中国国内だけで4億人近いユーザーがいるといわれている。2014年9月19日にはニューヨーク証券取引所に上場し、公開価格68米ドルを大幅に上回る92.7ドルで取引を終えたことでも話題となった。
SCMPの発行部数は、紙と電子版合わせて2013年が10万4148部だったのに対し2014年は雨傘革命があったにもかかわわらず10万1971部に落ち込んだ。香港内の街頭販売は2010年1月の5万2000部から2015年7月は2万2000部に低下。広告収入の減少などもあり従業員への待遇も厳しくなりつつあり、一部の記者を除き記者が次々と入れ替わることが少なくない。香港における英字媒体の環境は厳しく、数年前にはSCMPのライバル紙だった「The Standard」紙が有料からフリーペーパーに衣替えしている。
英語媒体ということもあり創刊当初から宗主国イギリス寄りのメディアと位置付けられてきた。香港と中国の政治経済に関する報道は、広東語・北京語を駆使して報道する地元中文媒体に勝るとも劣らない質だと認識されている。
親会社であるSCMPグループは「コスモポリタン」「エル」「ハーパズ・バザー」といったファッション誌と「カーアンドドライバー」「オートモービル」の車雑誌の繁体字版、香港在住外国人の貴重な情報源にもなっているライフスタイル紙「HK Magazine」、求人誌の「Classified Post」、タイの首都バンコクで発行している英字紙「Bangkok Post」などさまざまなメディアを発行しているが、アリババはこれらも買収することになる。
今回の買収で一番の焦点は編集権の独立だ。SCMPでは12月12日付の見出しに「編集権の独立は維持される」と強調している。しかし、前オーナーの郭氏は中国との関係が深く、徐々に香港市民の間では中国政府に都合の悪い記事は自主規制によって少なくなっているという声も以前から上がっていた。馬雲エグゼクティブ・チェアマンも中国政府と親しい関係にあることから、中国当局による一層の圧力だけではなく関与してくるのではないかという警戒感が拭いきれないという声が少なくない。アリババ・グループの蔡崇信(Joseph Tsai)エグゼクティブ・副チェアマンは同紙に「もし私たちが信用を失えば、読者を構築することはできない」と語り、香港人の憂慮に配慮したコメントも残す一方、「西洋の新聞社が中国をカバーするとき、特別なレンズを通して書かれている。事実は事実として伝える。私たちはそういうものを提示しなければならないと信じている」とも話す。また、インターネット上におけるコンテンツの無料化に視野に入れているという。