
香港で秋に開催される日本関連のイベントを束ねる在香港日本国総領事館主導の「日本秋祭り」の10周年を祝い、10月22日、中環からの特別クルーズ「Japan Autumn Festival in Hong Kong Dukling Sunset Cruise」が運航された。
出航を前に関係者に挨拶をする在香港日本国総領事館三浦潤総領事(大使)
今でこそ高層ビルが立ち並ぶ香港の歴史は小さな漁村に端を発する。香港の漁民が生活していた船は「蜑家船」や「漁船」と呼ばれ、彼らの船は単なる漁業の道具ではなく、住居としての機能も持つ。香港の水上生活者は、漁民の一族で、漁業をなりわいとし、船上で生活していた。香港の漁業が最盛期だった1960年代には13万人の船上生活者がおり、約1万艘(そう)以上があったともいわれている。
ダックリング号(鴨靈號)は、香港現存最古かつ唯一現役で航行する中国式帆船で、蜑家船などと比べると一回り大きく、かつては長距離航行、商業、漁業、観光などさまざまな用途として使われた「ジャンク船」に当たる。
そもそもジャンク船の起源は紀元前までさかのぼる。中国戦国時代(BC475-BC221)に誕生したと語り継がれるジャンク船は、その後の中国の商業・外交・軍事的発展において重要な役割を果たし、15世紀には1000人規模が乗れる巨大船にまで大きくなったものもある。当時ジャンク船は技術面でも他国と一線を画しており、帆は、楕円(だえん)形にし、竹の補強材で湾曲させることにより早く安定した走行を可能にした。この柔軟な帆はさまざまな風力に応じて調整できるため、あらゆる天候下での航行を可能としている。16世紀~19世紀のアジア貿易で広く使われ、そのうちの一隻である「キーイング号」は1846年、中国を出航し、喜望峰周りでイギリス・アメリカへの西洋航海を実現したことでも知られた。
今年で建造70周年を迎えたダックリング号は定員35人、重さ50トン、全長18メートルの赤い帆が特徴的な中国の伝統的な3枚帆のジャンク船。船体がアヒルに似ていることから、オーナーが「聖なるアヒル」を意味するダックリングと名付けた。1955年に造船されたダックリング号は、かつては漁師が漁に出るための船であり、漁師の家としても使われていた。現在はビクトリアハーバーでの観光クルーズ船として運航しているが、歴史的価値は高い。
ダックリング号には、過去に海から引き上げられた歴史がある。1955年に香港で建造され、地元の漁師が所有していたが、1980年に英国商人に売却された。その後に修復され、観光船としてビクトリアハーバー遊覧サービスを提供していた。しかし当時のオーナーである英商が移住した後、2014年に約60年の航海を経て退役し、「廃棄」という形で一時海底に2~3カ月間沈んでいた。まさに「香港の象徴」であるダックリング号が深海に永遠に眠ろうとしていた時、香港人の現オーナーが船を購入し、引き揚げ、修復し、可能な限り原型をとどめることを決めた。総費用は1,000万香港ドルを超えたという記載も当時の香港メディアにある。元香港人オーナーは英商と交渉し、水底から引き揚げ、珠海に送り、熟練の職人に約3カ月かけて修復を依頼したという。
船内には引き上げられた当時の藻やカキの貝殻が絡まった甲板材などもショーケースに入れて紹介している。ほかにもヒョウタン型の救命胴衣やバラ色をした排気管などもあり、海上生活の一部を垣間見ることができる。
100平方フィート余りの広さで昔の漁師が使った居住区は独特で、船頭の部分にある寝床には小さな窓があり、そこから太陽の光で朝を迎えたというのも分かる。赤い帆布、チーク材、手打ちの警報、「DUKLING ICON OF HONG KONG」と刻まれた銅板など、可能な限り原型を保存している。
ビクトリアハーバー内には毎日ジャンク船が行き交っているが、観光客にもよく知られた、アフタヌーンテーや飲茶(ヤムチャ)を楽しみながらクルーズできる「アクアルナ」を含め、ほとんどがジャンク船を模して造られたレプリカ船であるため、この最古のジャンク船であるダックリング号は現役の文化遺産として重要な役割を果たしている。
現在、ダックリング号はビクトリアハーバーで観光船として運航している。「サンセットクルーズ」や、毎日20時から開催される光と音楽のショー「シンフォニー・オブ・ライツ・ナイトクルーズ」を行っており、観光客、香港人からも人気が高い。「沿岸文化探訪」という伝統的な漁師文化を直接体験できるツアーも定期的に行うなど、歴史を継承することに重きを置いている。
ダックリング号のクルーズ料金は、16時30~=大人220香港ドル・子ども150香港ドル、17時30~19時30分=同250香港ドル・同175香港ドル、19時30分~=同290香港ドル・同200香港ドル。