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懐かしの遊園地「茘園(Lai Yuen)」、18年ぶり中環で復活へ

香港で復活が決まった遊園地「茘園(Lai Yuen)」

香港で復活が決まった遊園地「茘園(Lai Yuen)」

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 1997年に閉園した遊園地「茘園(Lai Yuen)」が中環のフェリー10号埠頭(ふとう)すぐ横に、6月26日から9月初旬まで「茘園 Super Summer 2015」として18年ぶりに復活することが確定した。5月22日付の香港各紙が報じた。

復活を発表した記者会見の様子

 茘園の復活については5月半ばに情報が流れていたが、今回正式に発表された。場所は2014年末から2015年2月に移動遊園地「グレート・ヨーロピアン・カーニバル」が開催され、その後5月27日に閉幕の馬をテーマにしたショー「Cavalia」が開かれている場所だ。

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 歴史をひもとくと、1949年に「茘枝園遊樂場」という名前で香港初のテーマパークとしてMTR美孚駅の北側で開業し、後に「茘園」に改名。1952年に動物園が増設された。1950年ごろの入場料は3.5セントで、観覧車に乗るには1香港ドルが必要だった。当時の平均月収は100~150香港ドルの時代である。

 1960~70年代は娯楽施設が不足していたこともあり1日平均2000人の入場者を誇っていたが、1965年に啓徳遊楽場が、1977年にオーシャンパークが開業して客足が遠のいたことと、政府が茘園の土地を公営住宅地にすることを決めたことで、1993年に動物園が先になくなり(飼育されていた動物100頭は深センの動物園に送られた)、1997年に全面閉園となった。

 開園当初は台湾総統の馬英九の母親がチケット売り場で働いていたほか、後に香港を代表する歌手・俳優になる羅文(ロマン・タム)が検札係として1964年に3カ月ほど働いていたことが知られている。1967年には当時4歳だった梅艷芳(アニタ・ムイ)が同施設の歌を歌った。

 当時の施設は、ジェットコースター、観覧車、メリーゴーラウンド、ゴーカート、1972年には香港初のアイススケートリンクも設置されていた。動物園にいた象の「天奴(Tino)」は客から餌をもらうなど、その愛くるしさから大人気で30年にわたり同園の顔ともいえる存在だった。そのほかにも歴代皇帝や中国の歴史的人物のろう人形が展示されるなど、香港人に愛されていた。閉園後、香港市民から何度か復活の要望が上がっていたほか、同園のオーナーだった邱德根(Decon Chiu)が生前に茘園の再開を希望しており、今回はそれが実現した形だ。

 今回の復活では、2万平方メートルの敷地に大舞台が設置され、さまざまなショーが繰り広げられるほか、LEDを駆使したお化け屋敷が登場し、機械で象の天奴を再現する。200平方メートルのスケートリンク、36席のメリーゴーラウンド、恐竜をテーマにした場所など50を超えるアトラクションが予定されている。
開園時間は11時~23時。入園無料で、アトラクションにはグレート・ヨーロピアン・カーニバル同様にトークンの購入が必要(予定では10香港ドル)。