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香港証券取引所のトレーディングフロア、10月末で閉鎖へ

閉鎖が近づく香港の証券取引所のトレーディングフロア

閉鎖が近づく香港の証券取引所のトレーディングフロア

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 中環(Central)にある証券取引所の香港交易及結算所(Hong Kong Exchanges and Clearing:HKEx)にあるトレーディグフロアが10月末に迎える契約満了を延長せず、閉鎖される。時代は人からコンピューターを介した取引に変わっており、変化の波がここにも及ぶ。

 ユーロネクストとニューヨーク証券取引所が2007年に合併してNYSEユーロネクストが誕生するなど世界的の証券取引所は合併を繰り返しているが、HKExの歴史をひもといても、合併を繰り返し現在に至っている。

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 1947年成立の香港証券交易所、1969年に創立された遠東交易所、1971年の金銀証券交易所、1972年の九龍証券交易所と続々と取引所が生まれた。1980年、この4つの交易所が合併して香港連合交易所(The Stock Exchange of Hong Kong)となった。1998年のアジア金融危機が発生し、世界的に競争力のある総合的な金融市場が必要になったことから、2000年に香港連合交易所と香港期貨交易所、香港中央決算がさらに合併して現在に至る。

 2016年の売り上げは前年比17%減の111億1,600万香港ドル。2016年に上場した新規企業(IPO)は126社で、資金調達額は1,953億香港ドルだった。日系企業では、パチンコのダイナムジャパンホールディングス(2012年)、同じくパチンコのニラク・ジー・シー・ホールディングス(2015年)、ゴルフクラブなどを販売する本間ゴルフ(2016年)、九州でパチンコホールを運営するオークラホールディングス(2017年)などが上場している。日本の証券取引所が厳しい姿勢を示している業種での上場が多い。

 味千ラーメンを経営する熊本の重光産業は、香港・中国本土の中国事業を統括する味千中国ホールディングスが2007年に上場を果たしている。
 1986年に開設されたトレーディングフロアは約2万6000平方フィート。香港政府が物件のオーナーで、年間の賃貸料は358万香港ドル。2008年までは無料で貸し出されていた。開設当初は2人用ブースが906設けられ、最盛期の1980年代は約1400人のブローカーが取引していた。

 ブローカーが減った最初の転換点は1987年のブラックマンデー。2つ目はインターネット時代が到来したことだ。2006年になるとHKExは改修工事を行い大きさを2万6000平方フィート、ブース数は294にまで減らした。現在、トレーディングルームで取引しているブローカーは30人ほどまで激減している。ブースの賃貸料は月7,000香港ドルで、この30人のブローカーによる取引量はHKEx全体の0.2%だ。

 HKExによると、閉鎖後は展示場、会議室、投資者の教育活動など、新たな金融に関係する施設を新しく造る考えだが、アジアの金融市場を引っ張って来た象徴的な場所であるため、閉鎖を惜しむ声も一部の市民から上がっている。