農林水産省は香港で活躍する料理人、安東伸一さんを「日本食普及の親善大使」に任命し、18日、在香港日本国総領事館で任命状を授与した。
親善大使は,海外における日本食・食文化の普及をさらに進めることを目的として2015年、最初の任命が行われた。香港では今回が初の任命となる。日本食・食文化のさらなる魅力発信を図り、日本産農林水産物の輸出拡大につなげるため、新たに国内の日本料理関係者14人と、外務省の協力の下、海外で活躍する5人の、合わせて19人を親善大使に任命した。
安東さんは2006年~2010年、公邸料理人として香港の大使公邸の板場を任されていた。来港当時、香港の日本食事情が分からない中、安東さんが日本から持ってきた唯一のアイテムが現在も毎日大切に使う「かつお節削り機」だという。「香港で何をそろえられるか分からない状況の中で、だしさえ取れれば何とかなる」と香港に持ち込んだという。鹿児島出身の人から譲り受けたもので、円盤にかんなが付いており、毎日使う分を削り、削りたてで調理する。「だしは本当にシンプルなものだが、だからこそごまかしが利かない」と安東さん。北海道道南の昆布と鹿児島の枯れ本節を使い続けて、これらが安東さんの料理の基本の味となっている。
安東さんの店「玄穂」では現在、3週間~1カ月に1回、コースメニューを変えている。春メニューの現在は、イチゴ、ホワイトアスパラガス、タラの芽など春を感じられる食材をちりばめ、桜のチップでスモークした「生ホタテとキンメダイのスモーク ウニ タラの芽」もそろえる。水田にマガモを放ち、害虫や雑草を食べてもらう農薬を使わない魚沼産の「真鴨米」を使い、毎日使う分だけ精米する。この米を羽釜を使って炊く土鍋ご飯のファンが多いことでも知られるが、今の季節は桜エビ、タイを柿の種で揚げたものとタイの白子など、季節を感じるメニューと、赤睦、ホタテやウニ、アワビなど香港人が好むメニューを用意する。現在は客の9割以上を香港人が占める。季節のものと香港人が好む定番を一部選べるようにしたコースは、ランチ=500香港ドルから、ディナー=1,280香港ドルから。
お薦めメニューとして、秋ごろに提供する「上海ガニの土鍋ごはん」を挙げる。4、5杯のカニを使ったご飯は、上海ガニという地のものを使いながらも土鍋ごはんにたき上げることでしっかりとした日本料理に仕上げている。
安東さんは公邸料理人の任期満了の際、「日本料理が香港で成長していく様子を見ないで帰れないと思い香港に残ることを決意した」と振り返る。ここ5年の変化について、「おまかせ」という言葉の浸透度を感じているという。「以前はカウンターを用意しても、テーブル席から埋まることが当たり前だったが、今はカウンター席から予約が入っていく」と話す。中華料理と比べ、日本料理は食材を操る料理人の手さばきを間近で見ることができ、料理人に質問をしたり、時にはお酒を酌み交わしたりするなどコミュニケーションがあることも香港人の心をくすぐる。香港人との会話で多いのは、食材への質問に加え、「このメニューは安東さんのオリジナルか?」と日本料理の中にも、それぞれの職人の個性を求める傾向も高いようだ。
「自分が海外でこうして日本料理を提供できるのも、本物をしっかり日本で続けてくれている人たちがいるから。僕はきっかけにしか過ぎない」と謙虚な姿勢を崩さない安東さん。「今後も日本料理を作りながら、いろいろなものを受け入れて今まで香港でやらせてもらった恩返しをしてきたい」と話す。