香港第2のデベロッパー、新鴻基地産(Sun Hung Kai Properties)の前主席だった郭炳湘(Walter Kwok)さんが10月20日、くも膜下出血により68歳で死亡した。郭前主席は誘拐された経験があるなど、波乱の人生だった。
郭前主席は1950年、香港で新鴻基地産を創業したうちの一人、郭得勝の長男として生まれた。ロンドン大学に留学し土木の修士を取得するなど事業を継ぐための準備を着々と行っていた。父の郭得勝が1990年に心臓病で死亡後、郭前主席は次男の郭炳江(Thomas Kwok)、三男の郭炳聯(Raymond Kwok)という2人の弟と共同で会社を経営し、同社をさらに成長させてきた。
人生が暗転したのは、1997年9月に張子強に誘拐された事件だ。張は香港最大のデベロッパーの長江和記実業(CK Hutchison Holdings)と不動産大手の長江実業集団(CK Asset Holdings)のトップだった李嘉誠の長男、李沢鉅(Victor Li)を誘拐したことでも知られている。
張は身代金20億香港ドルを要求するが、妻と弟2人は支払いを拒否。最終的には6億香港ドルを支払うことで合意し、10月3日に支払いが行われ、翌4日に釈放された。この影響で、郭前主席は心に深い傷を負い、うつ病を患い1年間治療することになった。
職務に復帰し、表面上は元通りに戻っていたものの、心のどこかに闇を抱えてしまったのか、愛人を新鴻基地産に迎えただけでなく、上層部のポストと与えようした。当然ながら弟2人がそれに反対し不和が起こった結果、2008年2月、新鴻基地産は郭炳湘が暫定的休暇を取り、弟の2人が代行して業務を行うことを発表した。郭前主席はそれに反発して裁判沙汰になるが、最終的には5月下旬に非執行董事になることが決まり、かつ、主席のポジションは3人の母である●肖卿が就任することになった。お家騒動は続き、母親と弟2人は株主でもある郭前主席から新鴻基地産を守るため、郭ファミリーの株マネジメントを担当している信託基金の組織改編まで行う事態になった。
その後、事実上、新鴻基地産を追い出された郭前主席は自ら「帝国集団」というデベロッパーを設立しビジネスを継続していたが8月27日、自宅で倒れているところを発見され病院に搬送。病院に運ばれたときは脳がダメージを受け、出血しており昏迷状態に陥っていた。治療を続けていたものの主要器官が衰弱し、脳幹部分が機能停止したという。親族が医師団と話し合った結果、治療の継続を中止に同意し、死因はくも膜下出血と発表された。
一昔前の経済誌「フォーブス」の長者番付では、3人は李嘉誠に続く2番手の位置が定位置だった。現在、郭前主席のみでも87億米ドルを保有する香港有数の大富豪だが、彼の歴史をたどると人生が満たされていたのか、疑問を持ちたくなるような状況であることは明らかだ。
●=廣におおざと