香港や中国本土などで製造された魔法瓶「暖水壺」のコレクションを撮影した写真を展示する企画展「水壺傳/FLASKSCAPE」が7月5日、尖沙咀文化センター(10 Salisbury Road, Tsim Sha Tsui, Hong Kong)内カフェに併設する「Lemna of the alchemist(Glasshouse Culture Area)」で始まった。香港在住の日本人カメラマン、久米美由紀さんが集めた魔法瓶を香港で古物収集店を運営する「夕拾(Jiksap)」がキュレーションした企画展で、「かわいいポットの写真を集めた展示」という。
日本では「魔法瓶」と呼ぶ真空フラスク構造を持つ「暖水壺」は、香港や中国本土、日本などでも広く使われてきた。湯や茶を長時間保温するために使われ、家庭や職場で日常的に利用されてきたが、香港では特に、デザインについて花鳥や山水などの装飾が施されたカラフルなものが多く、生活用品でありながら美的要素も強いことを特徴とする。
香港では、1950~70年代に家庭必需品として広く普及し、「駱駝牌(CAMEL)」や「金錢牌」などの香港ブランドが世代を超えて愛されてきた。現在はステンレス製ボトルが主流だが、ガラス真空構造の香港製魔法瓶はコレクターや愛好家にとって「香港記憶」として再評価されている。
久米さんは1994年に香港に移住。香港在住33年を迎えた。久米さんが暖水壺を集め始めたのは、香港製造のキャメルの暖水壺を偶然見つけたこと。その後、本腰を入れて探すも、なかなか集まらず、くじけていたときに、香港理工大学大学の教授が記した「香港製造.製造香港」という本出合ったことで、「コツコツ続けよう」と力が湧き、とにかく香港内をくまなく歩いて一つずつ集めたという。その数は400個を超え、その中から久米さんが選んだ108個のポットの写真を会場に絵のように並べた。
「一つずつのポット、生産された場所や魔法瓶に描かれた花鳥や山水の装飾は、時代ごとの審美眼や社会背景を映し出すもの」と久米さんは話す。ヨーロッパに輸出するために花の模様だけでなく、幾何学模様やギリシャ風の模様を施したり、中国本土では人間国宝級の画家が地元を盛り上げるためにポットに描いたりする作品を提供し、田舎の誇りとしたケースもあるなど、世界を駆け巡るアイテムだった。塗料に使われるエナメル技術はナイジェリアなどのアフリカにも受け入れられ、ホーローの現地工場も設立。生産のため多くの香港の香港人が海を渡ったなどの記録もあり、「香港製造」が華やかな時代、「既にこの頃から東京23区の広さしかない香港に住む香港人は世界に出かけていっていたことに改めて驚く」と久米さんは話す。
香港製造業は1960年代から香港で隆盛を極めたが、産業構造の変化で衰退。80年代以降安い場所を求め、次々と中国本土に生産地を移転した。久米さんは「生活用品の美学」を再評価し、単なる懐かしさを呼び起こすものでではなく「文化資産として残したい」と言う。展示や出版を通じて、香港製造の歴史を次世代に伝える使命感を持つ。久米さんは、コロナのパンデミック期に自宅の大量コレクションを撮影し始め、外国人の友人が「香港製」と「中国製」を混同していたことから、正しい歴史を記録しようと決意を固めた。「ポット自体もちょっとしたところに手仕事があって、それが香港で仕上げられたと思うと感慨深い」と久米さん。
久米さんは昨年、30年以上にわたり収集してきた「Made in Hong Kong」の生活雑貨を記録した書籍「香港百貨」も日本語と繁体字で出版した。香港製造業の黄金期を背景に、置物や食器など、香港人の生活に根付いた生活用品を文化的視点から再発見する内容に仕上げた本だが、その中にも「暖水壺」は登場する。
会場には同書も置き、ポットを包んだ箱や、ポットをかたどったライター、ポットのイラストをあしらったマッチ箱、その箱の中にひそむポットのイラストと同じ配色のマッチまで、久米さんの集めた小物も並べ展示している。ポットを包んだ箱には定規やボールペンで描いた絵があるなど、「さまざまなところの遊び心にその時代の余裕を感じさせる」とも。
久米さんにとって、「それぞれの模様は生活の中の一幅の絵であり、実用性と装飾性を兼ね備えた家庭の風景」だという。「香港人はメード・イン・ジャパンに憧れるが、私は外国人だからこそメイド・イン・香港に昔から引かれてきたのかもしれない」とほほ笑む。
開催時間は12時~20時。入場無料。8月25日まで。8月15日・16日、22日・23日の週末には久米さんによるシェアリングやポップアップで久米さんのビンテージ雑貨の販売なども予定する。