初夏を迎えた香港の各地の市場やスーパーマーケットに「果物の王様」ドリアンのコーナーが設けられ、街なかにポップアップショップが登場し、ホテルなどでもドリアンメニューの提供が始まった。
ドリアンを販売するエリアでは、一歩足を踏み入れると独特の強烈な香りが漂ってくる。香港でドリアンは単に好みが分かれる果物という域を超え、「夏の訪れを告げる風物詩」として定着している。店頭では鮮度と香りを保つため、従業員が包丁を手にその場で実演販売を行う光景が見られるほか、冷凍食品の果肉やアイスバーが通年で販売されるなど、市民の生活に深く根付いている。
香港で流通するドリアンは、主にタイ産とマレーシア産の2つに大別され、それぞれ異なる特徴を持つ。タイ産の代表格である「金枕頭(モントーン)」などは、気候条件の制約が比較的少なく、中国やベトナムでも栽培されている。完熟前に収穫されるため収穫量が多く、常温で輸出されるケースが大半を占める。輸送中に追熟させるため、マイルドな香りと手頃な価格が特徴で、初心者でも気軽に楽しめる。
一方、マレーシア産の「猫山王(ムサンキング)」や「黒刺(ブラックソーン)」などは、特定の気候や風土でしか育たないため収穫量が極めて少ない。さらに、樹上で完全に熟して自然に落ちた「完熟落果」のみを収穫するため、鮮度を保つ時間が短い。流通には徹底した温度管理での輸出が必要となるため、価格も必然的に高くなる。しかし、タイ産に比べて圧倒的に「濃厚で複雑な味わいと強い香り」を放ち、これが多くの香港ドリアンマニアを熱狂させる要因となっている。
ドリアンを愛する一方で、香港社会には特有のマナーが存在する。強烈な揮発性の香気を持つため、公共交通機関の車内や公共スペース、多くのホテルへの持ち込みは禁止されている。そのため、店頭でその場ですぐに解体してもらうか、厳重に密閉されたパックに入れて購入し、自宅の冷蔵庫に保存して楽しむのが暗黙の了解となっている。
中医学(中国伝統医学)の思想が息づく香港では、ドリアンは体を著しく温める「熱性」の食べ物に分類される。食べすぎると体内に熱がこもり、吹き出物や喉の痛みを引き起こす「熱気」の状態になると信じられている。そのため、ドリアンを食べた後には、体を冷ます性質(清熱)を持つマンゴスチンなどの食べ物を一緒に摂取するなどの伝統的な知恵もある。
果肉をそのまま食べるだけでなく、ドリアンを使った大胆なメニューアレンジも定番化している。「満記甜品」をはじめとするローカルの伝統甘味処では、薄いクレープ生地で生クリームと果肉を包んだクレープや、モチモチの求肥(ぎゅうひ)を用いた大福が人気を集める。スイーツを冷やすことで特有の臭みが抑えられ、カスタードのような濃厚な甘みだけが引き立つ。夏季にはドリアンのかき氷やアイスクリームが登場する店もある。
多様化するニーズに応え、6月中旬には、ドリアンスイーツに特化した屋内型の期間限定マーケット「夏日榴●忘返市集」が、●湾にある文化商業施設「南豐紗廠(The Mills)」で開催された。会場には人気の個人経営スイーツ店など14店舗が出店。「猫山王モッツァレラチーズタルト」「ドリアンアイスクッキー」など、工夫を凝らした限定メニューを販売し、若者を中心ににぎわいを見せた。
このブームは大手外食チェーンや高級ホテルにも波及している。ファストフード大手の「マクドナルド」や家具量販店「IKEA」の飲食ブースでは、ドリアンの果肉を追加トッピングできるソフトクリームが注目を集める。昨年、「ケンタッキーフライドチキン(KFC)」ではドリアン入りエッグタルトが限定販売されたり、今年も「ピザハット」からはマレーシア産「D24」ドリアンを使用したピザが期間限定で登場。香港ローカルのアイスブランド「アポロ(阿波羅)」のドリアンアイスは、近くのコンビニエンスストアで手軽に買える定番の商品として親しまれている。
香港のドリアン文化を象徴する最大のイベントが、ホテルが開催するドリアンビュッフェ。その火付け役として知られるチムサーチョイ東の「Hotel ICON(唯港薈)」は今年、「マレーシア・ドリアン・フェスティバル」を開催する。同イベントは在香港マレーシア総領事館などの公的機関がバックアップするほどのグルメプロジェクトであり、グランドボールルームを貸し切った大規模なエンターテインメント型イベントとして実施する。さらに今年は香港の老舗ココナツブランド「甄沾記(Yan Chim Kee)」とのコラボレーションが実現し、マレーシア産ドリアンとココナツの豊かな風味を融合させた特製ティーセットが提供されるなど、香港のドリアン文化はさらなる広がりを見せている。