香港の粉嶺聯和墟(Luen Wo Hui)で街の移り変わりを見守ってきた老舗レストラン「雅士餐廳(Deluxe Restaurant)」が7月31日で閉店する。近年香港を襲う閉店ラッシュの波に逆らえず、今回は家主からの大幅な家賃値上げを主な理由として、惜しまれつつも閉店が決まった。1980年代初めの開業から紡いできた45年の歴史に幕引きの決断を下した。
同店は、イギリス植民地時代の面影を強く残す場所として知られていた。かつて近くにいくつかの英軍の駐屯地があったことから、当時は駐留していたイギリス兵や地元の住民がこぞって通う、新界エリアでも「極めてハイカラで高級な社交場」だった。
店内に足を踏み入れると、クラシックな木のフローリング、温かみのある藤飾りのランプ、黒の鉄格子の階段、白いアーチ、そして赤レンガを用いた趣のある英国風バーカウンターなど、タイムスリップしたかのようなレトロなイギリス風内装に迎えられる。今や香港でも貴重なこのスタイルと、伝統的なステーキハウスの雰囲気をそのまま現代に残しており、香港政府観光局の公式サイトでも「西洋ステーキハウスの黄金期を思わせる」と紹介されているほどのランドマーク的店舗。ハッピーバレーの高級老舗フランス料理店「雅谷餐廳(Amigo)」に内装が似ていることから、地元では「粉嶺Amigo」の愛称で多くの人々に親しまれてきた。
同店の繁栄と深く結びついていたのが、聯和墟付近に位置したいくつかの軍事キャンプだった。かつては香港に駐留する英軍や、香港の地元ボランティアで構成された「皇家香港軍團(義勇軍)」の主要な訓練拠点や本拠地だった「新圍軍營(San Wai Camp)」と、皇家香港警察少年訓練学校の校舎となった「旧芬園營(Fan Garden Camp)」は、聯和墟と隣接していることで多くの人流を保っていた。大規模な「皇后山軍營(Queen's Hill Camp)」は、聯和墟のさらに北東、龍躍頭の近くに位置していた歴史的な英軍基地で、1950年代から英軍や、精鋭として知られたネパール人で構成された「グルカ兵」が駐屯していた。参拝するためにキャンプ内に建てられた特徴的な蓮の形をしたヒンズー教寺院は、現在も三級歴史建築として保存されている。
兵士が休暇の度に聯和墟へ繰り出したことで、区内にはバーやレストランが立ち並ぶ「英国風のパブ街」が形成され、同店をはじめとする洋食文化が、この地に深く根を下ろすきっかけとなった。夜にはライブシンガーによる歌唱などもあり、異国情緒あふれる大人の雰囲気に包まれる。これらのキャンプは英軍撤退後、長らく放置されていたが、近年再開発が進むことで、現在は巨大な公営住宅群「皇后山邨」へと姿を変え、ベッドタウンとして新たな歴史を歩み始めている。
雅士餐廳の名物といえば、香港で独自の発展を遂げた西洋料理にしょうゆを加える食文化を指す「醤油(しょうゆ)西洋料理」の数々で、看板メニューは「じっくり煮込んだ酸味とうまみが凝縮された」という「ボルシチ」、香ばしく濃厚な味付けが特徴の「エスカルゴのオーブン焼き」、焼き加減に気を配ったという「アンガス牛ステーキ」のほか、スープの上に香ばしいパイ生地をのせて焼き上げた「パイ包みスープ」やサクサクの「エビトースト」、そして懐かしい味わいの「チャウダー」も隠れた逸品として愛されてきた。
突然の閉店ニュースに対し、ネット上や地元の住民からは閉店を惜しむ声が相次いでいる。「子どもの頃、親がご褒美として連れて行ってくれた特別な場所だった」「地域で一番ロマンチックなデートスポットだった」など、世代を超えた思い出を振り返る人が後を絶たない。「週末の夜に生演奏の懐かしいオールディーズや広東ポップスに耳を傾けながら、ビンテージな空間で過ごすステーキ時間は、代えがたいノスタルジーの儀式」との声もある。
閉店までの営業時間は変更があり、ランチ=11時30分~15時30分、ディナー=17時30分~22時。