日本の在外教育施設の一つである香港日本人補習授業校が創立15周年を迎え、5月9日、香港の中華料理店「聘珍楼」で祝賀会が開催された。
補習校は平日に現地校やインターナショナルスクールに通う子どもたちが、週1回土曜日の午前中に日本語で学ぶ学校。文部科学省の学習指導要領に準拠した国語や社会等の授業のほか、日本の行事等の体験活動を通して日本文化や伝統を学ぶことができる。2011年の開校当初は児童88人だった同校は現在、年長から中学2年生までの児童と生徒約170人が通う。
来賓として、在香港日本国総領事館三浦潤大使をはじめ、日本の協力機関・団体・企業を招き、現教職員やOG・OBを合わせて150人ほどが参加した。同校は15周年の試みとして、学校のロゴの刷新や校歌の再収録等に全校で取り組んだ。ロゴは児童生徒からアイデアを募集し、30の個性豊かな案をデザイナーである保護者が複数のデザインを考え、さらに全校投票で決めたという。祝賀会でそれらを披露したほか、香港日本人合唱団など、日本人コミュニティー団体による祝賀パフォーマンスも行われた。
同校の特徴は運営に保護者たちが強く関わり、「保護者も児童も皆で作り上げる学校」を目指している点。「海外で育っても日本には四季があり、あいさつや助け合いなどの誇りもあること」を伝え、「日本人としてのアイデンティティーを持っていてほしい」と思う気持ちで運営を維持してきたという。
同校の始まりは、香港に住む数人の保護者たちが「香港に補習校を作ろう」という思いから誕生した。開校に向けて署名活動をし、非営利団体として設立し、2011年4月に開校。創設メンバーの一人であるリン美雪さんは、あいさつの中で、「海外には多くの補習校が存在するが、創設メンバーの母親たちは自身も海外育ちであったことから、当然のように香港にもあると思い補習校に通わせようとしたところ、なかったことで立ち上がった」と当時を振り返る。香港は多くの日本人駐在員がいて、逆に日本人学校や日本人コミュニティーが確立していたことが逆に、それまで補習校を必要としなかった背景もある。当時、補習校設立に向けて需要を調査したところ、署名活動では3カ月で1200人の署名が集まり、2010年に補習校設立委員会が結成された。
2011年4月、香港日本人補習授業校は6クラス88人でスタート。この15年、同校の運営は決して順風満帆だったとは言えず、香港という場所柄、常に「教室確保という場所問題」に悩まされてきたという。
最も厳しい局面は2023年のこと。授業をする場所を借りることができなくなり、半年間休校に追い込まれた。集まることができる最小限の人数で顔を合わせたりすることはあったが、ピーク時190人にまでなった生徒数が100人にまで落ち込んだという。特に教育関連については香港政府も厳しい基準を設けていることもあり、在香港日本国総領事館等も間に入る形でさまざまな交渉が続いた。運営メンバーたちは「絶対に復活させよう」という団結力で場所を探した。
香港は特に国際都市であるため、平日は親が香港人であり現地校に通う児童もいれば、親がフランス人でありフランス系インターで過ごす児童もおり、親のルーツを含めて、海外の中でもより「多様性」が見られる地域。同校の教師たちは教員免許がある人もいれば、平日は日本語学校や別の仕事をしている保護者がクラスを受け持つこともある。さらに、同校を巣立った卒業生が学生ボランティアとして運営を手伝うケースもあり、循環も生まれている。
2024年からは特に全学年校外学習に力を入れている。日本企業を訪問したり、運動会、書き初めや餅つきなどの文化体験をしたりするなど、日本語を単に塾などで学ぶことと違う形で「日本」を学ぶことができる。2025年に初めて文部科学省から教員派遣により就任した小川聡子校長は「当校に通い漢字が覚えられることももちろん大事だが、それ以上に大切なことは普段は違う学校に通う子どもたちが元気よく登校し、日本語を使って交流し、ホッとできる場所であること」と同校の意義を話す。「それは実は子どもだけでなく、香港で子育てをする中で実は孤独な保護者もいる。利害関係のない人たち同士で日本語を使ってよりどころに考えてもらう役割もある」とも。
同校は今後また新たな場所でのスタートを切ることになったが、現在は入学希望者も多く、ウエーティングの人もいる。今後も児童・生徒数200人を目指して運営を続けていく。